牛乳は噛んで飲む

こっそり転職活動を行うグラフィックデザイナーのなんてことない日常。

採用する人と採用される人へ

これから働こうと思っている人、転職しようと思っている人。あるいは新しい人を雇おうとしている人の参考になれば……

 

わたしは紙関係のデザイン会社で働いています。この業界で働きだして8年目。去年ぐらいから新人教育係を担当する機会が増えました。新人といっても経験者しか雇わないという方針の会社なので、ある程度社会人経験がある方ばかり。なので電話応対の仕方だとかビジネスメールの文書など0からみっちり教えなければいけないということがないので「教育」と言えるようなことはとくにしていません。会社のおおまかな年間スケジュールやデータ管理についてなど、会社によってやり方が違うだろうなということを伝えて終わりです。

先月、新しく入社してきた方がいました。30代半ばの男性。名前はAさんとでもしておきましょうか。今までデザイナーとして2つの会社で勤めていた経験ある方でした。ちなみにうちの会社は社長が一人で面接して、一人で採用を決定します。採用が決まってから社長から履歴書などを見せられるので、そのたびに現場がそわそわするというスリリングな流れが楽しめる会社です。

Aさんの履歴書の写真を見ると、綺麗な角刈りヘアで30代半ばとは思えない貫禄のある顔つきをしていました。社長からは「Aさんは森田さんより年上だけれど、採用通知のときに一番下っ端として雇うと伝えているのでビシビシ教育してやってくれ。」と頼もしいお言葉をいただきました。

Aさん入社初日。とある仕事の入稿日と重なっていて、社内は殺伐とした雰囲気。なぜ社長は入社日を相談してくれなかったのだろうと全社員思っていましたが、朝からそんなことを口にする余裕もないぐらい慌ただしくしていました。そこにAさん登場。

イラレもフォトショ(バソコンのアプリケーションソフト名。デザイン会社で絶対使うであろう基本のソフト。)も使いこなせるんで何でも仕事頼んでもらって大丈夫です。イラストも描けるんで、そういう仕事も振ってください。」

とすげぇとしか言いようのない自己紹介をした。

今はみんな入稿準備でバタバタしているので、パソコンのセットアップ等自分の身の回りのことをしていてくださいと伝えると大きな鞄から本やら謎のファイルやらを取り出してテキパキと動くAさん。すげぇわ。

入社初日から申し訳ないことにAさんをほったらかしにして入稿を終わらせ、休憩室で遅めの昼ご飯を食べているとAさんがひょっこりやって来た。「これ見てもらえますか。」と言って自身のポートフォリオを見せてくれました。ポートフォリオを見るとなぜか学生時代に作ったものがほとんどで、社会人になってからのものはスーパーの大安売りのチラシ数枚とタウン誌数冊だけだった。大学をストレートで入学卒業して、就職浪人することなく社会人になったのにどうして学生時代のものをこんなに載せているんだろう……。そんなことを考えていると、Aさんの口から「リアクションうっすいなー!!」という言葉が出て来ました。

突然のことにビックリして固まってしまったわたしにAさんは「見てもらったら分かると思うけど、デザインだけじゃなくて絵も描けるから。そういう仕事があったら言って。」と言って去っていきました。朝から仕事に追われていたから、悪い夢でも見てしまったのだろうか。そう思うぐらいインパクトのある一瞬でした。

入稿が終わり一段落したので、Aさんに年間のスケジュールを伝え、過去の仕事を見せたりしました。「へぇー。」「なるほど。なるほど。」と言って過去の仕事を熱心に見るAさん。きっとさっきのは夢だったんだ。

一通り説明を終えたので、明後日までにやらなければいけない人物の大量の切り抜きをAさんに手伝ってもらうことにしました。画像データを渡すと「はいよ!!」と元気よく返事をして作業に取りかかってくれた。Aさんはとにかく元気がいい。というか声が大きい。

「できました!!」と元気な返事が聞こえてきたのは、画像を渡してから二時間が経ったころでした。Aさんには画像を二枚渡していたのですが、驚いたことに一枚しか切り抜けていなかった。さらにそのデータを見てみると、なぜかギザギザのガタガタに切られていて、服が所々消えている。おまけに頭の上半分が半透明のようになっていました。

一体なにがどうなっているのだろうか……。

Aさんにこれは一体どういうことかと聞くと「切り抜けって言うから切り抜いたよ。」と。Aさん、これは「切り抜いた」とは言えませんよ。どういう経緯でこうなったのか確認するために、Aさんに切り抜きの工程を説明してもらうことに。

ここから若干専門的な言葉が出て来ますので、さらっと流し読みしてください。

 

[Aさんの切り抜きのやり方]

1.自動選択ツールで背景の部分をクリック。

2.delete

3.人物の髪の毛の部分を消しゴムツールでツーーーっとなぞる。

終了。

 

おいおいおい。おいおいおい。

この作業に二時間かかるってどういうことだよ。そもそも“切り抜き”の仕事やったことあるのかよ。

戸惑いを隠しながら仕事で使うので綺麗に切り抜いてほしいと伝えると「これじゃあかんの?」と何の悪気もない様子で応えたAさん。

よくよく話を聞いてみると、今まで仕事で人物の切り抜きはしたことがないということ。Photoshopにもペンツールがあるということ。チャンネルの存在。境界線の調整。などAさんは知らないことだらけだった。

まずい。このままでは仕事を任せられないと危機を感じ、翌日Aさんに架空のチラシの作成するという課題を出した。こちらが用意した人物と背景の画像を合成させて、テキストを配置するというもの。朝から取り組めば15時ごろには完成するだろうと思っていたのだが、Aさんは18時前までかかって課題を仕上げてくれた。

できあがったものを見てみると、背景の画像の上にやはりガタガタな切り抜きの人物画像が乗っており、明度やコントラストなどが一切調節されていない。これでAさんのPhotoshopスキルは仕事で使えるレベルではないということが判明したのでした。

さらには文字詰めなどもできておらず、縦書きの文章に関しては数字がずれたままという痛恨のミスをしていた。Illustratorのスキルも絶望的だった。

これはまずいと思い、社内で緊急会議を行いました。Aさんと社長を除く全社員で話し合った結果が、スケジュールに余裕があれば教えながら仕事で使えるレベルになるまで待てるけど、今の状況ではきついというものでした。

翌日、この会議の結果を社長に報告すると「一ヶ月は様子を見てみよう。」という返事でした。正直仕事が詰まった状況でAさんの指導をするのは厳しかったのですが、一ヶ月頑張るしかない。その日もその次の日もAさんに課題を出して、教えながら課題を進め、IllustratorPhotoshopの使い方を教えながら自分の仕事をしていました。

Aさんが入社して一週間後。社長から事務仕事を頼まれ、朝から「やっとちゃんとした仕事ができるよー」と張り切るAさん。そんなAさんの姿を見て、入社して一週間課題しかやっていなかったから、仕事をやりたがっていたんだな。自分のやり方が悪かったのかな。と反省しました。

しかしその仕事が夕方になっても終わらず、しびれを切らした社長がAさんにどうなってるか尋ねると、社長から頼まれたことと全く違うことをするという大失態をやらかしてしまっていた。これに激怒した社長が「もう明日からくるな」とAさんを怒鳴りつけ、Aさんはあっさりクビとなってしまいました。

 

Aさんがクビになりホッとしてしまったのですが、それと同時に人材教育と人材採用の難しさを改めて感じた一週間でした。

これから転職する方には「自分にできること」を明確に伝えることをおすすめします。そのほうが入社後にこんなはずじゃなかったということを減らせる可能性があるからです。面接で「これできる?」と聞かれたら、「できる」「できない」をはっきりとさせることは自分自身のためでもあります。他業種への転職の場合はまた違ってきますが。

中途採用で求められることは「即戦力」です。会社によって重要度は異なりますが、即戦力を期待していないところはないと思います。転職先を選ぶ際、面接を受ける際にその会社で自分は何ができるのかを考えてみてください。

そして採用する側の方は採用する人の経験やスキルをしっかり見てから決めることをおすすめします。そんなの数回の面接で分からないと思いますが、採用前に課題を出したりしてできるだけスキルを把握してください。手間で時間はかかりますが、採用して様々な手続きを済ませた直後にクビにしなければならない状況のほうがもっと大変ですから。

 

偉そうになんやかんや言ってきましたが、結局うちの会社は今後も社長の独断と偏見で採用が決められるみたいです。なんてワクワクする会社なのだろうか。

 

担当者の「?」をサクッと解決!中途採用の教科書Q&A

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 マニュアル本に唾を吐きながら生きてきましたが、一度読んでみます。