牛乳は噛んで飲む

こっそり転職活動を行うグラフィックデザイナーのなんてことない日常。

アルバイト時代の思い出

個人的な思い出をサラっと書くつもりが、思いのほか長文になってしまった……。

 

 

学生時代、とあるファストフード店でアルバイトをしていました。働き出して一年半後のある日、休憩時間に事務所へ行くと見知らぬ男の子が。わたしの存在に気付くやいなや満面の笑みで「今日からアルバイトで働かせてもらいます!!Sっていいます!!よろしくお願いします!!」と言って深々と頭を下げた。Sくんの元気の塊のような挨拶に驚いて、は、はい……みたいなことばしか出てきませんでした。この日はSくんと上がりの時間が同じだったので、仕事終わりに話していると地元が同じだということが判明。しかもものすごい近所で共通の知人も多い。なぜはじめ会ったときに気付かなかったのかというと、Sくんはわたしの2歳下でした。当時の地元は児童数が多く、同学年でも同じクラスになったことがない人のことは知らないぐらいだったので、学年が違うSくんのことは全く知りませんでした。

地元が同じということでSくんとはすぐ仲良くなった気がします。Sくんは仕事を覚えるのが早く社員や先輩アルバイトから好かれていました。とにかく笑顔が可愛い男性だったのでお客さんからも好かれていて、どこからどう見ても好青年でした。

Sくんがアルバイトをはじめて一年ほど経ったころ、シフト希望表を見ると平日も土日も昼から夜まで出勤可能となっていました。大学に通っているはずなので授業はどうしたのと尋ねると「大学を辞めようと思ってる。」と。いつも笑顔のSくんが深刻な顔をしていたので話を聞いてみると、やりたいことが見つかったので大学を辞めてそっちの道に進もうと思うということだった。そもそもSくんは高校の推薦入試で大学に入学したので、とりあえず大学を卒業してからやりたいことをするのはどうかと提案してみたけれど、Sくんの意思は固く親に説明したらすぐ辞めると言った。

それからほぼ毎日のようにアルバイトをしていたSくん。てっきり大学を辞めたのだと思っていたのだけれど、大学は辞めていないのだと言う。両親からもわたしと同じことを言われ、大学を辞めさせてもらえなかったらしい。辞めてないなら講義に出席しないと留年になるよと言うと「別にそれでもいいよ。」と言って、外の喫煙所へ向かった。この頃ぐらいからSくんは煙草を吸うようになっていました。成人していたし喫煙は本人の自由なのですが、何かが変わり出しているように感じました。

勤務していた店舗は朝昼晩と常に客足が途絶えないぐらい慌ただしかったせいか、もともとアルバイトの入れ替わりが激しかったのですが、ここ最近とくに入社してすぐ辞める子が多くないか!?と思った時期がありました。その日の出勤日にもバイトの女の子Aちゃんが辞めると言ってきた。お金を貯めて海外留学をしたいという子で、入社してまだ二ヶ月しか経っていなかった。何か嫌なことがあったのか、仕事の悩みがあったら相談に乗るよと言うとAちゃんが突然泣きだした。店舗の事務所で。まだ営業中だったので場所を移して話を聞くことに。

Aちゃんは誰にも言わないでくださいと何回も前置きをしてから、ものすごい小さい声で話しはじめました。Aちゃんがアルバイトをはじめて数日後、Sくんとあがりの時間が一緒でSくんから「このあとご飯食べに行こうよ。」と誘われたそうです。それでバイト先の近所にある居酒屋で食事をしながら他愛もない話をしているとSくんが「Aちゃんのこと好きになっちゃった。」と突然告白。Sくんは身長が低かったけれど、顔はいわゆるイケメンで後輩の面倒見もよかったのでAちゃんもSくんに好意を持っていたようで二人で居酒屋からホテルへ移動……それ以来、何度かSくんとそういう関係になったみたいで、今まであまり男性付き合いがなかったAちゃんはすっかりSくんと付き合っていると思っていたらしい。ある日Aちゃんは街中で偶然Sくんが女性と二人で歩いているのを目撃し、すぐ電話で今一緒に歩いてる女性は何者なのかを聞くと「好きな人だよ。」と言われたそうだ。Sくんと付き合ってると思っていたAちゃんは当然激怒。その日の夜にSくんを呼びだしてどういうことなのか説明して!!と怒鳴ると、Sくんは「電話で言った通り好きな人だよ。Aちゃんも好きだけど、今日一緒にいた人も好き。好きな人は他にもいるよ。」と飄々とした表情で言ったそうだ。AちゃんはもうSくんの顔も見たくないが、Sくんはほぼ毎日シフトが入っている。だから辞めたいとのことでした。

おいおいおい。おいおいおい。

どうなってるんだよ。Sくんよ、なんてことしてくれたんだ。

この話をしてくれた次の日にAちゃんは辞めていった。

あとからいろんな人から聞いた話だと、Aちゃんが辞める以前に辞めた女の子もSくんと同様の関係だったそうだ。なかにはSくんにお金を貸したけど返ってこず辞めた子もいたそうな。どこまで本当かどうかは分からないけれど、Sくんがアルバイトの女の子に手を出しまくっていることが分かったので、Sくんと話し合うことに。本当は男性の店長に話してもらうように頼んだのだが「こういうことは歳が近いバイトリーダーの森田ちゃんの説得のほうが効くと思うよ。」と何の根拠もない理由で断られた。ただ単にめんどくさかったんだろうな。わたしもめんどくさいことには極力関わりたくないので見て見ぬふりをしようとも思ったのだが、これ以上バイトの子が仕事を覚えかけた途端に辞められると困るので仕事終わりのSくんをバイト先の近くにあるスタバに呼び出した。

先に店内で待っていると、仕事終わりのSくんが満面の笑みで近づいてきました。はじめて会ったときと同じ笑顔で。そんな顔しないでよ。気まずそうにしているわたしの態度から何かを察知したのか、Sくんほうから「話したいことって何?」と聞いてきた。ニコニコしながら。そんなSくんの顔を見るのが怖くて、わたしはうつむいたままAちゃんのことを話した。Aちゃん以外にも同じ理由で辞めていった子がいることも知っているということ。せっかく仕事を覚えかけてきた子がこれ以上辞めては困るということを伝えました。何か言い訳をするかな。もし怒鳴りだしたらどうしようとビクビクしながらSくんを見るととても悲しそうな顔で「とろちゃん知ってたんだね。ごめんね。迷惑かけて。もうやめるね。こんなこと。」と言いました。こんなに悲しそうな顔をしたSくんを見るのははじめてでした。

それ以来、Sくんはあまりシフトに入らなくなりました。どうやらずっと通っていなかった大学に通いだしたらしく、今年こそ留年しないように頑張っているみたいだよと頼りない店長から聞いた。その話が本当だったらいいな。

その後Sくんの女絡みの噂は聞かなくなったが、マルチ商法にはまりありとあらゆるところで勧誘しているという噂を耳にした。結局マルチ商法先が突然なくなり、Sくんは100万円近く借金をして終わったそうだ。勧誘されなくてよかった。

月日はすぎて、わたしがバイトを辞める日が来た。最終日に店舗に行くとSくんの姿が。「今日はあがり一緒だよ。終わったら飲みに行こうね。」と満面の笑みで言われた。その日がSくんと一緒に働く最後の日だったのだが、今までで一番楽しい勤務時間だった気がする。もともとムードメーカーだったSくんが忙しくてくたくたになっている社員の人を元気づけ、テンパっている新人バイトの子のフォローをし、店舗全体の空気をあたたかくしてくれていた。仕事おわりにSくんと、Sくんと付き合っている社員の女の人、バイトの子数名が集まってくれて、みんなで美味しいお酒を飲んだ。数ヶ月前から付き合いだしたSくんと社員の女の人は本当に仲が良く、本当にSくんはこの人のことを好きなんだということが伝わってきた。

わたしは社会人になり、地元から離れたところで一人暮らしをはじめました。はじめての正社員に、はじめての一人暮らしで疲れた日々をすごしているところに電話がかかってきました。Sくんです。「聞いて!!聞いて!!今年やっと卒業できるんだ!!やっとだよ~」と嬉しそうな声が耳に染み渡る。Sくんは四年制の大学を六年かけて卒業することができました。就職先も決まっているみたいで、とにかく嬉しそうでした。

わたしが新卒で就職した会社が入社して一年半で倒産し(この話はまた機会があれば)、地元に戻るのと入れ違いでSくんは地元を旅立ちました。元気にしているのか気になったけれど、ずっとバイト時代から付き合ってる社員の女の人と続いているようだったので、こちらからはなかなか連絡ができず。ふとしたときに、どうしているんだろうなぁと思うだけ。

また月日はすぎて地元から通える場所にある会社に転職し、忙しいながらもそこそこ充実した日々を送っているとSくんから電話がかかってきました。「もう逃げ出したい。」電話の向こうでSくんは泣いているみたいだった。営業の仕事をしているのだけれど、とにかく営業成績のことで厳しく言われているらしい。社内でも車で移動中も。常に成績のことを言われて辛い。おまけにサービス残業、持ち帰り残業、休日出勤が当たり前で仕事以外の時間がほとんどないらしい。Sくんの就職先は明らかにブラック企業だった。わたしは体を壊す前に辞めるように言ったのだが、今も付き合ってる社員の女の人と結婚したいからそう簡単には辞められない。働きながら転職活動をしたいけれど、そんな時間もない。もうどうしていいか分からないと。彼女に相談して辞めてから転職活動をするように言うのだけれど、彼女にかっこ悪いところを見せられないと。とにかくいつでもどこでも会いに行くから会えるときに連絡してと伝えたけれど、それから連絡は来ませんでした。

そんなことがあった一年後に「Facebookはじめました。友だち登録よろしく♪」とSくんからメールが来ました。Facebookを見てみると、勤めていたブラック企業を辞めて転職活動中との書き込みが。Facebookをはじめてから、お互いの投稿にコメントを書いたりして、Facebook内では頻繁にやり取りをするようになりました。しかしSくんがFacebookをはじめて一年後ぐらいから全く投稿をしなくなりました。Facebookに飽きたのかな?なんて思って、わたしはとくに何のアクションも起こしませんでした。

 

 

先月下旬にFacebookで見ず知らずの人からメッセージが届きました。

スパムだと思って削除しようと思ったのですが、とりあえず見るだけ見てみようと思ってメッセージを開くと、そこにはSくんの訃報が伝えられていました。

まさかと思って、Sくんの実家に行くとやせ細ったお母さんが出迎えてくれました。昔はぽっちゃりしてたんだけどなぁ。

綺麗な和室に入ると、そこにはSくんの遺影が。

去年の夏に心筋梗塞で突然亡くなったらしい。Sくんは転職活動中もずっと一人暮らしをしていて、転職先が決まって三ヶ月後に亡くなったのだとお母さんが話してくれました。

お母さんもお父さんもまだSくんの突然の死を受け入れられず、納骨もできていない状態だった。そんな様子を見かねてSくんのいとこがFacebookでSくんとやりとりをしていた人にメッセージを送ってくれたのでした。

「成人してからの写真がなかなかなくてねぇ。やっと見つけた写真が二十歳ぐらいに撮ったもので……だから遺影の写真すごく若いでしょ?」と言いながらお母さんは悲しそうに笑った。

その遺影の写真ははじめてSくんに会ったときの満面の笑みでした。

もうこの笑顔を見ることはできないんだなぁと思うと涙が出た。